新しいダイアリー(5)

北海道コンサドーレ札幌と釣り

ノマド失格

恥の多い生涯を送って来ました。
自分には、リア充の生活というものが、見当つかないのです。自分は北海道の札幌に生れましたので、スタバをはじめて見たのは、よほど大きくなってからでした。自分はカフェのコーヒーを、啜って、飲んで、そうしてそれがリア充達が居座るために造られたものだという事には全然気づかず、ただそれはコーヒー専門店みたいに、単純に楽しく、コーヒーを飲むためにのみ、設備せられてあるものだとばかり思っていました。しかも、かなり永い間そう思っていたのです。コーヒーの啜ったり飲んだりは、自分にはむしろ、ずいぶん垢抜(あかぬ)けのした遊戯で、それは飲食店のサーヴィスの中でも、最も気のきいたサーヴィスの一つだと思っていたのですが、のちにそれはただリア充が友達と大切な時間を過ごす(笑)ための頗る実利的な空間に過ぎないのを発見して、にわかに興が覚めました。
また、自分は子供の頃、絵本でシアトルカフェというものを見て、これもやはり、実利的な必要から案出せられたものではなく、アメリカンコーヒーを砂糖とミルクだけで飲むよりは、クリームとか抹茶とかを混ぜたほうが風がわりで面白い遊びだから、とばかり思っていました。
自分は子供の頃から机で勉強したくなくて、よく床で勉強しましたが、寝ながら、イス、イスのカヴァ、学習机を、つくづく、つまらない装飾だと思い、それが案外に実用品だった事を、二十歳ちかくになってわかって、人間のつましさに暗然とし、悲しい思いをしました。
また、自分は、ノマドという事を知りませんでした。いや、それは、自分が住に困らない家に育ったという意味ではなく、そんな馬鹿な意味ではなく、自分には「ノマド」という感覚はどんなものだか、さっぱりわからなかったのです。へんな言いかたですが、特定の机を持たなくても、自分でそれに気がつかないのです。小学校、中学校、自分が学校から帰って来ると、周囲の人たちが、それ、自分の部屋がほしいだろう、自分たちにも覚えがある、学校から帰って来た時の自宅の居場所の無さは全くひどいからな、ゲームはどこですんの?スーファミも、プレステもなどと言って騒ぎますので、自分は持ち前のおべっか精神を発揮して、自分の部屋がほしい、と呟いて、友達の家の居間でばかり遊ぶのですが、自分の部屋・机がない感とは、どんなものだか、ちっともわかっていやしなかったのです。

(中略)

けれども、自分はそれからすぐに、あのはにかむような微笑をする若い店員に案内せられ、或る部屋にいれられて、ガチャンとドアを閉められした。喫煙席でした。
ドヤ顔のいないところへ行くという、あの抹茶クリームフラペチーノを飲んだ時の自分の愚かなうわごとが、まことに奇妙に実現せられたわけでした。その喫煙席には、男の狂人ばかりで、タブレット使いも男でしたし、女はひとりもいませんでした。(まあ向かいが新宿二丁目だったし)
いまはもう自分は、ノマドどころではなく、狂人でした。いいえ、断じて自分は狂ってなどいなかったのです。一瞬間といえども、狂った事は無いんです。けれども、ああ、狂人は、たいてい自分の事をそう言うものだそうです。つまり、この喫煙席にいれられた者は狂人、いれられなかった者は、ノーマルという事になるようです。
神に問う。無抵抗は罪なりや?
スタバのあの不思議な美しい微笑に自分は泣き、判断も抵抗も忘れて副都心線に乗り、そうしてここに連れて来られて、狂人という事になりました。いまに、ここから出ても、自分はやっぱり狂人、いや、癈人(はいじん)という刻印を額に打たれる事でしょう。
ノマド、失格。
もはや、自分は、完全に、人間で無くなりました。
ここへ来たのはスタバがなかったからで、店の裏手の窓から単なる雑居ビルの壁が見えましたが、それから2・30分経ち、タバコ臭に麻痺しはじめ、思いがけなくリア充カップルが、電源を求めて私のところにやってきて、電源を使ってガラケーを充電したいこと、自分たちはもう2人とも喫煙者で、禁煙席の電源は使えない、何もしなくていい、その代り、いろいろ未練もあるだろうがすぐに咳から離れて、電源を譲ってくれ、とれいの空気読めよオラ的なオーラを放つのでした。
故郷の山河(藻岩山と豊平川)が眼前に見えるような気がして来て、自分は幽かにうなずきました。
まさに癈人。
(中略)
自分は仰向けに寝て、おなかに湯たんぽを載せながら、ノマドにこごとを言ってやろうと思いました。
「これは、お前、スタバじゃない。タリーズ、という」
と言いかけて、うふふふと笑ってしまいました。「ノマド」は、どうやらこれは、喜劇名詞のようです。Tea's Teaを飲み、しかも、その飲みものの名前は、抹茶クリームフラペチーノ。
いまは自分には、幸福も不幸もありません。
ただ、自分の机・イスはあったほうがいいです。
自分がいままで阿鼻叫喚で生きて来た所謂「会社員」の世界に於いて、たった一つ、真理らしく思われたのは、それだけでした。
ただ、自分の机・イスはあったほうがいいです。
自分はことしの冬、二十五になります。クマがめっきりふえたので、たいていの人から、三十以上に見られます。

※喫煙者を叩いているのではなく,「今度は『禁煙で電源がある席ありますか』って聞こう,」という自戒です。
【追記】

ヒカリエにも行きましたがあまり俺には良くないですね